2020年の夏に左肩の手術をしたが、実はその4年半ぐらい前に、右肩の手術をしている。その時は腱板の部分断裂で、手術をするかしないかの選択権を先生からいただいていた。
第2次運輸業の時代、かなり重いパレットを右手だけで投げたことに原因がある。まあ、それだけでもない。それまでの、無理の積み重ねの結果でもあったかな。
仕事のところで話をするが、個人事業主になってからは運輸業と建設業、この2本立てでやってきた。特に第1次運輸時代と第1次建設業の時代、重量物を扱う際にかなり無理をしてきた。
力についてはかなり自信があったから、無理を無理とも思っていなかった。荷物や部材を目の前にすれば、可能な限りひとりで限界に挑戦、限界の存在を認めていなかった。
この時は成田空港の貨物地区で、トラックに輸入貨物を積んでいた。からになったパレットを、荷台の上から地面にむかって投げて落とした。その瞬間、右肩にグキって違和感を感じたんだ。
空港の貸し切り運送の仕事は、往々にして走る距離も長い。場所はすでに忘れたけれど、荷物を積んで即出発。
でも何かがおかしかった。肩の中がギコギコとすれるのを感じた。ハンドルをにぎる上では特に問題はなかったから、目的地まで走り続けて荷物を下した。戻る時も同じ、ただ走り続けた。
それからしばらくしても、変な感覚が消えなかった。荷物を持つことはできるのに。気になって、かかりつけの外科に行く。MRI検査をしたら、腱板の断裂だと判明した。
2020年の夏に、手術をしてくださった先生には、この時からお世話になっている。ただ、手術をするかしないかは、選ぶことができた。当時45歳、2015年の秋。先を考えて手術しようと決めた。
Twitterで毎日、ツイをUPしている。ブログを始めようと思った理由は、こんな毎日の中にある。
ツイをあげる際には、ほとんどと言っていいぐらい写真を掲載する。基本的に、自分で撮ったものを中心にして。自分の写真だと文章も説得力をもつ。なによりも、写真を撮ることが楽しい。
実際に写真を撮り始めたのは、この2、3年の間のことだ。夏になると、たまにサイクリングをしていた。田舎道を走っていると、写真を撮りたくなる。自転車だから、どこでも止められる。
そんな時に、気軽に写真を撮れるスマホはいい。気軽に撮れるからこそ、スマホが貴重な時代なんだ。撮った写真をすぐに送れる。本当にいい時代になったなと、実感できる毎日だよね。
だけど、スマホにも限界がある。望遠で撮ったとしても、拡大してみると写真の画があらくなる。画像センサーが小さいことが理由かな。画素数だけが大きくなっても駄目なんだ。
そうなると、単体のカメラが欲しくなる。一眼レフだ。最近はミラーレスが主流なのかな。とりあえず一眼レフ。まだ初心者の域だから特にこだわらない、必要とする機能があればい。
必要な機能ってなんだろう。無線でスマホと連携して、写真がその場でスマホのアプリに送信できることかな。これは、本当に便利だよね。撮ったと同時に、写真がスマホに飛ぶんだから。
スマホに飛んだ写真は、大きめの画面ですぐに確認ができる。失敗作は、その場でも削除。また撮りなおせばいい。今見せたいって思う相手がいるなら、すぐに送ればいい。手紙の時代が、まるで噓のようだ。
まあこんなわけで、写真を撮り始めることにした。買った機種は、ニコンのD7200。中古で。自分に新品はもったいない。状態のいい中堅どころを、中古で安く買うのがちょうどいい。
ブラウンとフィリップスのシェーバー、2本立てでひげを剃っている。実は一度だけ、2つのメーカー以外に浮気をしたことがある。日立のシェーバーに。
フィリップスを使いはじめる以前の話。これには当然、理由がある。
その頃は今とちがって、よく量販店で買い物をした。今住んでいるところでは、ベイシア電器さんが一番近い。まだお店が出来てから数年だったかな、仕事の合間に、休憩がてらよく寄ったね。
ちょうどシェーバーが壊れかかっていた時で、店頭の展示品を手に取って見ていたんだ。右へ左へと、こういう時の自分は徹底している。まずは手に馴染むか、しっくりくるかを試していく。
その場で剃ることはできないから、その点は店員さんに聞く。遠慮せずにズケズケと、相手が困るくらいにね。商品を選ぶ時の自分は、本当に遠慮がない。アメ横で買い物をするような感覚。
でも、お金を払うんだから、遠慮する方がもったいない。高いものでも安いものでも、買う以上は、しっかりと聞かないといけない。お金は大切なもの、その時に一番と思えるものが欲しい。
話は戻って、接客してくれた店員さんは女性だった。そこに、たまたま居合わせただけ。ひげ剃りの説明だよ、不安があるのは当たり前。でも、とりあえず聞いてみたんだよね。
びっくりだった、心底から。
まるで、ひげを剃ったことがあるかのように、淡々と説明をしていくんだ。本当に女性なのかな?って、感動してしまったぐらいだ。聞き惚れていたよ。
まるで、ひげを剃ったことがあるかのように、淡々と説明をしていくんだ。本当に女性なのかな?って、感動してしまったぐらいだ。聞き惚れてしまった。
ここが、他のメーカーと違うんです!そう経験談みたいに話されてごらん、欲しくなってしまうよ。それなら、自分のひげにも合うな、これしかない!そう思い込んでしまうのが人間ってもの。
それが女性だから、なおさらのことだよね。
説明が終わった時、他のメーカーの商品を見る気もしなかった。これください!そう言って即買い。お店で商品を買うとなると、店員さんの第一印象は大切だ。熱意を感じられれば、買物終了。
この時の状況なら、自分に買ってほしいという熱意。
後になって、お客を後悔させてしまうようでは元も子もない。その時のお客さんが一番のぞむ商品を、その場の限られた時間の中で、的確にお薦めできること。それが店員さんには求められる。
その商品が、お客にとって最良の結果をもたらせば、その人は又、そのお店に行きたくなる。つまり、ファンでありリピーターになるわけ。自分もおそらくは、そうなっていたと思う。
ただ残念なことに、次のシェーバーへ買い替えの頃には、その店員さんはいなかった。何よりも時代が変わっていた。
Amazonなどの通販で買う、そういう時代が来ていたんだ。
毎朝のたしなみとして、ひげ剃りをする。今は2つのシェーバーを使いわけている。ブラウンとフィリップスを1台ずつ。
なぜ2つ使うかって?ひげが濃いってことがある。そして濃いがゆえに、全体を剃り上げるのにはブラウン、こまかい仕上げにはフィリップスをって感じで使い分けているんだ。
初めてシェーバーを使い始めたのは、大学生の頃だった。それまでは、ひげにシェービングクリームを塗って、カミソリで時間をかけてジョリジョリしていたわけだ。
でも、ひげは剃れば剃るほど濃くなって、鋼のような張りも出てくる。自分だけのことだったかもしれないけど。まあそうなると、時間短縮したくて、電気シェーバーを使いたくなってくる。
父親がブラウンを使っていたから、真似をしてブラウンを使用。
それ以来、買い替えることがあっても、ブラウンを使ってきた。
10年くらい前に、フィリップスも使ってみたくなった。ブラウンと合わせて有名なメーカーだから、ご存じだと思う。偶然のことなんだ、Amazonでシェーバーの検索をしていた時だった。
僕の感じ方だけど、ブラウンの製品は音が大きい分、ひげ剃りに力強さがある。全体を剃るにはいい。一方のフィリップス、音が静かな分だけ、細やかな剃り方ができるから仕上げにいい。
以来、2本立てでひげを剃ってる。ただ、去年の入院の時には、フィリップスを1台だけ。これは、ふだんは使わない少し高価な1台。緊急時に出動する、サンダーバードのような味方だ。
なぜ、ふだん使わないかって?他の所持品についても、似たようなことが言えるけど、いざとなった時のための保険だ。壊れても部品を換えれば使えるが、とりあえず、そういう性分なんだ。
美しいという言葉を、よく口にする。別にカッコをつけているわけじゃない。美しいものを美しいと感じたのであれば、素直に美しいと言いたい、そう思うから美しいという言葉を口にする。
あるいはそれを、キザだと思う人もいるかもしれない。
仮にそうだとしたら、美しいものを見た時に、どう表現すればいいんだろうか?すばらしい、きれい、かわいい、おくゆかしい…。類義語はたくさんあるけど、どれもしっくりいかない。
やはり美しいと感じた時は、素直に美しいと言いたい。
この世にもし、美しいものが存在しないとしたら、かなり寂しい毎日を、果ては一生を送ることになるだろう。美しいと感じることがなかければ、未来にも夢をもてない気がする。
空が美しい、花が美しい、樹が美しい、音楽が美しい、人の心が美しい…。自分自身がそう感じたものは、すべてが美しいと表現されていい。そして、美しいからこそ、憧れが生まれてくる。
憧れが生まれると、それをまねしたい、自分もそうありたいと思って夢をもつことにもなる。その夢をかなえるために、希望をもって、明日を生きようとする。毎日への活力が生まれる。
ずいぶんと大げさなことを言っている、そう思うかな?
でも、歳をかさねればかさねるほどに、素直に美しいって言えなくなってないかな?誰かに聞かれると恥ずかしいから?もったいないよね。美しいって素直に言えたら、気持ちがいいと思うよ。
花の写真を撮っていたら、蜂があわただしく飛び回っていた。足の周りに花粉をたくさんつけて、あちらの花からこちらの花へと、それはもう忙しそうだった。邪魔なんかしようものなら、お叱りを受けそうな雰囲気だったよ。
その蜂たちが、花の中に頭を突っ込んでいる姿をみた時、美しいと感じた。何が美しいかって?生きるために、花粉や花蜜を必死で集めている、その姿にだよ。
人も動物も植物も虫も、命あるものすべてについて、生きているということが、一番美しいことなのかもしれない。
集中治療室の中で、目を覚ます。
目が覚めたのは、集中治療室の中。時間はお昼過ぎだったかな。
全身麻酔だったから、体がやけに重く感じた。5年前の時よりも重たく感じたかもしれない。全身麻酔がまだ効いている、久しぶりにだるいって感覚だった。
後から考えてみたら、5年前には集中治療室に入らなかった。病室に戻って、集中的に看護されながら夜を明かしたはずだ。病院のシステムに、国立時代の流れが残っていたのかな。
腕と尿道にチューブがつながっていた。腕には点滴用のチューブが、尿道には尿、つまりおしっこを出すための、排尿をうながすためのチューブがつながっていた。
点滴については、みなさんおわかりでしょう。栄養を注入するためのものだ。翌日の朝までは、食事を口にすることができない。
手術当日の朝からまる一日、食事を口にしなかったことになる。では尿道につなげられていたチューブ、これはなんのため?
全身麻酔をするからなんだ。全身麻酔は強いからね、手術が終わっても、もうろうとしているしね。だから排尿をうながして、勝手に尿がチューブをつたって流れ出るようにしてある。
でも尿道に、いつつなげられたと思う?おそらく、麻酔が効き始めて目を閉じた後かな。じゃあ誰が?看護師さんだろうね、女性のね。つまり、大切なところを見られているわけだ!
まあ、5年前も同じ経験をしているから、今さら驚きはしないけど。ただ今回も思ったことがある。看護師という仕事は、恥ずかしい気持ちがあったら、一人前にはなれないってことだ。
仕事を時間内に、機械的にこなして行かなければ、生命を危うくさせることもある。大げさに話してるんじゃない、本当なんだ。
尿道にチューブを入れるのだって、上手くやらなければ、患者さんが痛がるんだから。性器をつかんで手際よくやらないと、手術も進まないってことさ。
この人の性器が大きいとか小さいとか、普段なら冗談にもなるだろうけどね。その時はただ、つかんで上手に刺しこむだけだ。お蔭様で今回も痛みはなかった。
看護師さん、本当にありがとう。
集中治療室に響く、警戒アラーム。
集中治療室のベッドの上、尿道にチューブを入れているから、当然身動きはとれない。右腕には点滴のチューブ、ベッドは少し頭を上げた状態にしてある。そのまま、翌日の朝まで寝てるだけ。
5年前も同じような状況だったかな。ただ手術後は、すぐに病室に戻った上での集中治療だった。周りのベッドには一般の患者さん達が寝ていた。今回はまったく違う。
当日は他に5、6人が手術を行っていて、カーテンだけを仕切りにして、右と左に患者さんが寝ていた。昼は寝たり起きたりで時間を過ごしたから、痛みもあって夜はなかなか寝つけない。
2時間おきくらいかな、いやもっと短い周期で起きていたのかもしれない。定期的に、当直の看護師さんがやってくる。水分を口にできるように、右手の横に水筒がおいてあるんだ。
ちなみにこの水筒、患者本人が前もって準備することになっている。今回用意した水筒は、前回でも使用したもの。手を伸ばすだけで飲めるように、ストロー付きのものがいい。手術前後に使うバスタオルも、3枚ほど自前で準備をしてある。
そうそう、T字帯っていうふんどしみたいなもの、これが大切なんだよね。尿道にチューブを刺しこむわけだから、パンツだとチューブの邪魔になる。ふんどしタイプならやりやすいわけね。これが寝返りを打てないわりに、案外ずれていってしまうんだ。
こんな感じで、寝たり起きたりをくりかえしながら、当日の夜を過ごしていたわけ。
でも、この夜に一番気をもんだことは、血圧の異常なまでの上がり方だった。最高血圧がマックスで200にまで迫ったりして、警告音がピーピーピーピー耳のそばで鳴り響いていた。
さすがに、これには参った。5年前にはこんなことが無かったはず。首を右にひねると、上がっていく数字を見ることができた。自分でも驚きだったね。手術した左肩よりも、血の方が気になってしかたがなかったよ。
NHKのにニュース番組を見ていたんだ。
特集の題名はちょっと忘れてしまったけど、メダカのことを話題にしていた。場所は、小学校か生徒の自宅だったと思う。
テレビ画面の中に、水槽を泳ぐメダカが見えた。小学校の低学年ぐらいだったかな、リポーターがその女の子にひとつ質問する。
メダカを見てどう思う?
女の子は、こう返した…
「ひよひよしてて、かわいい!」
ひよひよって、何だろう?思わず考え込んでしまったね。
ネットでいくつかの辞書を開いてみた。どの解説も、似たような内容。大きく分ければ2つになるのかな。
1.ひな鳥が弱々しく泣く声。
2.弱々しく動くさま。ひくひく。
でもこれって、メダカの動きには合っていないような気がした。画面の中のメダカは、元気すぎるほどに動き回っていた。だから、そう考えても当然だと思うんだ。
じゃあ、女の子はなぜ、ひよひよって言ったのかな。
メダカの背びれや尾びれが、ひらひら動いているのを、ひよひよって言ったのかな?考え始めると、大人の自分のほうが想像をふくらませることになった。女の子に課題を与えられたわけだ。
独身かつ子供もいないけれど、子供の話し方や発想の仕方には興味がある。その内容は、本当に豊かだと思うんだよね。仮に彼らが話す意味が理解できなくても、思わずクスって笑いたくならない?
逆に考えてみれば、子供には子供の思考力ってものがあるわけでしょ。大人が理解できないんじゃなくて、ただ単に、理解しようとする心を失っているのかもしれない。
歳をかさねるにつれて、自然に忘れようとしているのかもしれないね。自分に都合のいい方向へと。
手術当日、2020年7月8日。
とうとう、手術の日がやって来た。
前日は手術の説明以外は、特に何もすることがなかった。
昼間はツイッターと向き合い、明日手術です、なんてあいさつ代わりにつぶやく。嬉しいことに、励ましのコメントをたくさんいただいた。
この場をお借りして、あらためてお礼を申し上げたい。
本当にありがとうございました。
手術は9時に始まり、ほぼ3時間で終わる予定だった。前回の時と同じ先生だし、互いの信頼関係はあったと思う。よくわかっていると思うけど、それが先生の口癖だったね。
看護師のうしろについて歩き、手術室に向かう。3階から2階までどう歩いたのか、その時はわからなかったな。経験していたはずの手術なのに、やはり緊張をしていたのかもしれない。
手術をする時には、立会人を求められるんだ。5年前は、両親が高齢で横浜からくることは困難だと考えた。そこで、友人を代理人に立てていた。その友人も前年に引っ越しした後で、今回はお願いできる人がいなかった。
6月に、そのことを先生に相談したんだけれど、必要ないとおっしゃるんだ。前回の経験があるから大丈夫でしょうってことで。要するに、先生には手術への自信があるってことだったんだろうね。まあ、自信がある先生の方が安心感をもてる。
実際のところ、5年前は本当によく話をした。初めての経験だったから、先生には疑問に思うことを徹底的に聞きまくってね。先生は親身になって教えてくださったよ。だから、お互いへの信頼は深いままだったのかもしれない。
4月に、5年ぶりにお会いした時の先生は、「元気でしたか?」。自分は、「あの時の予想通りまた戻ってきました」。こんな感じで、話が始まったくらい。自分の性格や仕事の上から、そうなるだろうなって予期していたんだ。
手術室の扉があいた先には、手術にかかわる人たちが両側にズラリ。いよいよ手術が始まる、実感した瞬間だ。手術台に横たわり、麻酔用の注射針が刺しこまれていく。誰かが何かを話していた。瞼が重くなっていく。耳がきこえなくなっていく。
やがて周りが、すっかり見えなくなった…。
7月6日13時、これが僕の入院する予定時間だった。
当日の朝は、いつも通り腕立て伏せを70回行い、朝ご飯をすませ、入院前の最後の準備をしていた。持ち込む物のチェック表も作ってあったね。
起床と同時に腕立て伏せを70回、いつも通り一気にやった。分けてやったら意味がない。17歳の夏に映画「ロッキー」にめぐりあった日から毎朝毎晩、約34年間、5年前の入院の時以外は欠かしたことがない。最も大切な自分の日常行事だ。
肩を痛めているのに、やっていいのかって?
これについては、主治医の先生からのストップがかからなかった。まあ、手術後から今年の2月までは、ダークな時間を過ごすことになったけどね。
昼前にタクシーを呼んで、15分ほどで病院に到着。感染対策のために入り口でアルコール消毒に体温測定。通院している今でも状況は変わらない。大きな荷物をかかえていたから、入り口の係員がまざまざと見ていた。
事務所で入院のために、最終手続きをすませた。この時も5年前の経験が役に立つ。5年前も入院してますから、なんて言ってみたら、長い説明時間も短縮できたような気がする。
キャリーカーゴに荷物をのせ、案内された通りエレベーターで3階に上がる。前回と違っていたのは、入る病室が新館に移ったこと。旧館の時よりも、やけに廊下が長く見えた気がする。そのせいかな、歩いている人間がみな、すごく遠くに感じられたんだ。